ビデオゲームがもたらした悪影響
どうもここ最近、「ゲームをやっている」という感覚がまったく無い。そこで、私が常々思っている事を、ちょっとまとめてみようと思う。
一応はコラムという事で、いつもとはちょっと雰囲気を変え、一人称を「私」にしてみる。
また、異論反論があれば、聞いてみたい、と言う事もある。何人が見ているかは知らないが(0という事は無いと祈りたい)、出来れば意見がほしい。
今回は、ビデオゲームがもたらした悪影響について。
当然といえば当然だが、私は自称とは言えゲーマーであるので、ゲーム自体を悪く言う気は無い。「子供がゲームばかりやって、勉強をしない」と、自分の教育能力の無さをゲームのせいにして、子育てを放棄するような親の手助けなどしないので、そういう無能自慢をしたい人は、早々に立ち去ったほうがいい。
そもそも、「ゲームとは何か」という問題があるが、私の意見に近く、また同時に、より深い考察をしているサイトがあるので、そちらにゆだねる。
iwatamの個人サーバ
http://iwatam-server.sakura.ne.jp/index.html
正直なところ、自分でいろいろ書いてはみたが、どうもここの二番煎じにしかならなかった。そこで、盗作だなんだと言われる前に白旗をあげた、と言うのが実情である。
閑話休題。
実際、最近のビデオゲームを見て思ったのが、「頭を使うゲームがなくなった」という事。ただし、リバイバルした物を「最近の物」と言うのは、ちょっと憚られるので除外する。
「タイミングよくボタンを押すだけ」「サイコロを振るだけ」と言うのは、ゲームとして論外だ。パズルは、頭は使うけど、ゲームじゃない。ビジュアルノベルも同じで、その名の通り、ゲームではなく小説だ。
実は、これらの利点はメーカー側にある。
ゲームというのは、戦略・戦術を競うものだ。勝つための思考というのは、プレイヤーはもちろん、コンピューターにも要求される。とは言え、これを考え、プログラムすると言うのは、事の他面倒なのだ。
だが、そのあたりを省略できるのであればどうか。そうすれば、「ゲーム」を作りやすくなる事この上ない。作成期間が格段に減る。
そうして出来上がったものはどうか。やる事は単純で頭を使う必要がなく、底が浅い故に飽きやすく、結果として、一つのゲームの寿命が極めて短い。これこそが、問題なのだ。
寿命を短くする要素は、もう一つある。ゲームの発売とほぼ同時期に出る攻略本だ。
攻略本の存在は、実にありがたい。ありがたいがしかし、「問題にどう対処すればいいのか」を考える事が少なくなってしまう。その分、攻略のために試行錯誤する時間が短くなり、寿命は短くなる。
ゲームの寿命が短くなるとどうなるか。それに対応するために、メーカーは単純なゲームを短期間で作り、市場に流す。そして起こる悪循環。
だがこの悪循環は、「ゲーマーとして」の物に過ぎない。メーカーや、暇つぶしにゲームをやりたい人にとっては、そう感じる事はないだろう。ストレス発散のためにゲームをやる人にとっては、悪循環などと感じる事もないだろう。
この事が、ゲーマーの価値を下げているのではなかろうか。心配でならない。
ゲーマーと言うのは、ただゲームを楽しんでいるだけではない。たくさんのゲームをやっている人間と言うわけでもない。ゲーマーと言うのは、言ってしまえば、棋士と一緒だ。
将棋にせよ囲碁にせよ、暇つぶしでやる事は出来る。ほとんどの人がそうだろう。
だが、棋士はどうか。決して暇つぶしでやっているわけではない。どうすれば勝てるのかを、常に試行錯誤する。勝ちたいからこそ、研鑽を怠らず、貪欲なまでに勝利を求める。
一般人と棋士との大きな差は、この「勝利への貪欲さ」だろう。そしてこれは、一般人とゲーマーの間でも同じだ。
ゲームである以上、どんな相手に対しても、勝ちを狙って行く。それこそがゲーマーの姿だと思っている。
しかし、コンピューター相手か、やったとしてもせいぜいが高得点争い程度の「自称ゲーマー」に、そこまでの事が出来るだろうか。甚だ疑問だ。
ゲームと言うのは、頭を使って競い合うことにこそ真の面白さがある。だが、最近のゲームは、そこを蔑ろにしている気がしてならない。
ゲームメーカーは、ゲーマーを育てる気があるのか。それを問うべきときが来てしまった気がする。私には、それが残念でならない。

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